派遣先への請求単価と派遣スタッフへの割増賃金はリンクしない
派遣スタッフに残業させたときは割増賃金を支払わなくてはいけない。だから、当然に派遣先にも割増分を請求出来ると思われていた方、イコールではないことは理解しているけど、理由の部分は曖昧かもしれない・・という方は、これを機に一度法的な視点から、各々の契約と関係性を整理しておきましょう。
派遣先との契約と派遣スタッフとの契約
大前提として、契約の定義は次のとおり、民法により定められています。
「契約」は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。(民法522条)
基本事項ではありますが、まずは三者間の関係性を確認しておきましょう。
派遣元会社と派遣スタッフの間では「労働契約」を締結します。使用者と労働者の関係になるので、当然に労働基準法の適用を受けます。労働契約も契約の1つのため、「契約自由の原則」(民法)の考え方は成立しますが、現実は労働者の方が圧倒的に不利な立場になることが一般的です。それでは対等の立場とは言い難いため、労働基準法という特別法を規定し、契約内容に一定の制限を設けることで、社会的弱者となってしまう労働者を保護する目的があります。
一方、派遣元会社と派遣先会社の間では「派遣契約」を締結します。企業間での民法上の契約となるため労働基準法の適用は受けません。
極論ですが「契約自由の原則」とは、双方の合意があれば自由な契約が可能となります。
例えば、1日10時間、1時間1000円(割増なし)との労働契約を提示し、相互に合意した場合は本条件で契約は成立します。しかし、派遣元と派遣スタッフとの間では、契約内容以外に労働基準法の強制適用を受けます。仮に派遣元と派遣スタッフとの相互の合意があっても、特別法である労働基準法の定めを下回る部分は無効となるため、1日であれば法定内はあくまで8時間(2時間分は無効)です。8時間を超えた部分は、1250円以上での支払いが必要(1時間1000円の契約は無効)となり、いわば特別法の強制力が働き、労働者を保護する仕組みです。
これが、派遣スタッフには、労働基準法に基づき割増賃金を支払わないといけないのに、派遣先へは割増請求が当然に出来る訳ではない(リンクしない)理由です。
これらの事項を図で表すと、次のようになります。
派遣元と派遣先の責任分担について
雇用主(派遣元会社)と指揮命令者(派遣先会社)が異なる派遣の就労形態では、独自の責任分担が定められています。
今回は、賃金支払い、労働時間の管理等の部分に着目し、確認しておきましょう。労働基準法の条文ベースで抜粋した表にすると次の通りです。
※その他の労働基準法及び安全衛生法に関する分担については、静岡県労働局の一覧表が分かりやすいのでご参照下さい。
静岡労働局 労働者派遣における労働基準法等の適用について
一覧表に記載の通り、労働時間や時間外及び休日労働の管理責任(ピンクで示した部分)は派遣先に課されますが、それらの支払い責任(黄色で示した部分)は派遣元に課されます。
就業先及び指揮命令権が派遣先となる以上、時間管理の部分が派遣先に課される点は合理的かと思いますが、支払いは派遣元に課される。この通常の労働契約では発生しない特殊な契約形態が、残業をさせたのは派遣先なのだから、派遣料金は割増相当額で支払って貰えるとの考えに繋がる要因ではないかと推測します。
派遣元の気持ちは充分理解出来るのです、先述した通り、法律上は労働契約と派遣契約は全く別の契約と考えることになります。
そこで、派遣契約上、派遣料金の定めをどのようにするかがポイントとなります。派遣法26条には派遣料金の定めがありませんが、所定外労働、法定外労働、休日労働時の派遣料金について、明確に定めておくことで、認識のズレが生じなくなると思われます。具体的には、基本契約書に割増率を明記することが多いですが、個々の契約で具体的な金額を明示するケースもあります。
なお、時間外労働や休日労働を行わせる場合は、契約上の根拠が必要になります。
派遣法26条1項5号に【派遣就業の開始及び終了の時刻並びに休憩時間】を契約時に定める規定があるため、個別契約書に枠を設けているケースが多いかと思いますが、時間外労働や休日労働を想定している場合は、事前に「就業日外労働及び就業時間外労働」の部分を確認しておきましょう。
参考までに、愛知県労働局が掲載している個別契約書参考例の抜粋をアップします。
また、変形労働時間制(フレックスタイム含む)並びに36協定の締結及び届出は、派遣元(備考欄の赤字部分)に課されます。要するに、枠組みの設定は派遣元、実際の労働時間等の管理は派遣先となります。
注意書き(黄色マーカー部分)にもあるように、派遣先は派遣元が締結・届出した36協定の範囲内で、残業時間を管理することになります。特に、派遣先が変形労働時間制を採用しているケースや、特別条項により労働時間を延長する場合は、注意が必要です。
2023年4月からの法定割増賃金率の改定 対応検討
現行制度は、中小企業であれば月の残業時間が60時間を超えた場合であっても、割増賃金率は25%ですが、2023年4月以降は、50%に改定されます。
特に恒常的な残業がある派遣先との契約書(基本契約書)は、今のうちに目を通しておきましょう。施行まで1年以上ありますが、今のうちから改正法を見据えた交渉をしておくとことで、改正法に対応したスムーズな派遣料金の見直しが出来ると考えます。
法的な視点での契約と関係性は、いかがでしたでしょうか。説得力のある説明をするためにも、是非法的な視点を取り入れた交渉をして頂けたらと思います。なお、派遣法26条には下記の配慮義務が明記されており、派遣先は労使協定方式に基づく賃金支払いができるについて、派遣単価の配慮が求められていることも忘れないようにお願いいたします。もちろん。派遣先が講ずべき措置に関する指針にも同様の旨が明記されています。
派遣先が講ずべき措置に関する指針
9 適正な派遣就業の確保
(2) 労働者派遣に関する料金の額
イ 派遣先は、労働者派遣法第26条第11項の規定により、労働者派遣に関する料金の額について、派遣元事業主が、労働者派遣法第30条の4第1項の協定に係る労働者派遣以外の労働者派遣にあっては労働者派遣法第30条の3の規定、同項の協定に係る労働者派遣にあっては同項第2号から第5号までに掲げる事項に関する協定の定めを遵守することができるものとなるように配慮しなければならないこととされているが、当該配慮は、労働者派遣契約の締結又は更新の時だけではなく、当該締結又は更新がなされた後にも求められるものであること。
PREV