令和3年4月からの労使協定方式の賃金額は、据え置きでOK?
令和2年10月14日に開催された、第308回労働政策審議会職業安定分科会労働力需給制度部会の資料が公表されています。派遣会社の直近の状況(令和2年8月頃)などの直近の統計も記されており、派遣業全体としての状況も読み取れます。
ただ、この投稿では多くの派遣会社では既に肌感覚として分かっていることでしょうから、ここでは割愛します。重要な「令和3年4月1日からの労使協定方式における賃金(時給)」の改定があるかについて、解説していきます。
労使協定方式の原則ルールの確認
労使協定方式にて派遣スタッフの賃金を決定している派遣会社については、原則ルールがあります。そのルールは、「2年前の賃金統計の結果が翌年6月~7月に公表され、それを受けて、翌々年の4月1日より賃金を改定する」です。令和2年度現在で多くの派遣会社で採用されている労使協定に記載された賃金は、平成30年度の賃金統計に拠るものです。
令和2年6~7月に厚生労働省から公表される局長通知(令和3年度通達 と呼びます)は、令和2年度の途中で公表される統計であり、当然、令和元年度の賃金統計をベースにしています。
つまり、令和元年度の賃金情勢が2年後の令和3年度通達として令和3年4月1日以後の賃金に反映されます。労使協定方式は、2年前の賃金相場の影響を受けるわけです。
この令和3年度通達の職種別の詳細は、この記事投稿の時点(令和2年10月18日)では公表されてませんが、全職種での目安となる平均額は次のとおり記されています。いずれの統計であっても上昇しています。
令和3年度での一般賃金水準の全体時給増減の平均(基準値0年目) | |
賃金構造基本統計調査を活用した水準 | 職業安定業務統計を活用した水準 |
令和2年度より45円上昇 | 令和2年度より19円上昇 |
もちろん、上昇している職種もあれば、減少している職種もあります。全体の平均ですので、実際は、個別の職種ごとに判断は必要となります。とはいえ、目安としては賃金アップが多いという傾向が強いわけです。
そのため、原則どおりに進めば、賃金は上昇する会社が多くなるわけですが、この新型コロナウイルス感染症拡大による悪化影響を受けていると判断できる職種・地域がある派遣会社については、原則を適用しても良いけど、例外として現在の労使協定に記載されている賃金を据え置いてもOKとなりました。
つまり、令和元年度の賃金統計をベースにすることなく、その1年前の平成30年度の賃金統計ベース(令和2年度通達)のままで良いということです。通勤手当を実費精算している派遣会社であれば、令和3年4月からの賃金テーブルは、改定不要ということになります。
賃金は据え置きでも、手続きは不要ではありません。
ただし、この例外を適用する場合は、当然、現在の労使協定の記載内容と異なる運用をすることになるため、大枠としては、次の3つの要件を満たす必要があります。
①労使で議論を行った結果を、労使協定に記したうえで、
②令和3年度と4年度の6月事業報告書提出時に、賃金を据え置くこととなった派遣スタッフへの雇用維持・確保を図るための対応策(例えば、雇用を優先し、1人あたり稼働日数を減らすなどが考えられます)と、
③事業の悪化影響を受けていることを示す具体的な根拠書類(派遣売上の減少や稼働人員の減少を示す資料)、対象となる派遣スタッフ数を提出する。
つまり、派遣会社が過半数代表者の意見を聞かずに、勝手に賃金を据え置いてはいけないということです。労使協定に、例外的取扱いを行う旨及びその理由を明確に記載したうえで、理由については、次に示す根拠例示で検討した指標を用いた具体的な影響等を記載することとなっています。派遣会社の主観的・抽象的な理由のみでは認められないこと。また、新型コロナウイルスの影響を受けていることが検証できる職種・地域に限定されます。全ての派遣スタッフに一律、この例外を自動的に適用してOKということではありません。そのため、根拠の例示が示されています。
労使協定を締結した事業所及び当該事業所の特定の職種・地域において、労使協定締結時点で新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、事業活動の指標(職種・地域別)が現に影響を受けており、かつ当該影響が今後も見込まれるものであること等を具体的に示し、労使で十分に議論を行うこと。
例えば、下記のような根拠を用いること。
・ 「労働者派遣契約数が、令和2年1月24日以降、継続的に減少していること」
・ 「労働者派遣契約数が、対前年同月比で継続的に減少していること」
・ 「新規の労働者派遣契約数が、対前年同月比で継続的に減少していること」
〇 上記の動向を踏まえた令和3年度中の労働者派遣契約数等への影響の見込み
上記のような、根拠の例示が示せないのであれば、原則ルールを適用せざるを得ないという理解で良いでしょう。
なお、理屈としては早い段階で労使協定を締結すべきでしょう。令和3年3月中に協定を再度結ぶでも良いのですが、景気環境の改善による稼働実績の回復がその時点であると、事業活動の指標が改善している状況も有り得るからです。そのため、例外の適用なしでは業績が厳しいと判断できる段階であれば、事業活動の減少傾向が証明しやすい時点で締結を急ぐ方が無難だと考えられます。
セオリーとしては、令和3年度通達が公表された段階で、現在適用している令和2年度の賃金テーブルと比較し、令和3年度通達の方が高くなっている場合は、例外をすぐに検討するという流れになります。
通勤手当を込みで時給設定している会社は注意
派遣スタッフへの通勤手当が実費精算である会社は、上記のとおりです。現在は、実費精算の会社も多くなっているので該当する会社は限定されているかもしれませんが、令和3年度通達では、通勤手当相当の時給が72円→74円に上昇することが、記されています。
令和3年度通達で示される賃金統計は、あくまで基本給・賞与に関する部分であり、通勤手当については、そことは別の話になります。72円から74円になった背景は、単純に消費税が8%→10%になったことが理由だと考えられます(72円÷1,08×1.1≒74円)。実費精算を原則として、その代替案として時給に72円を加算して支給しても構わないという現行ルールを考えると、実費が増加しているのであれば、当然に代替案である72円も増えると考えるのが自然です。
そのため、通勤手当が実費精算でない派遣スタッフについては、2円の時給アップが求められると推測しています。(令和3年度適用局長通達が現在は公表されており、結論としては通勤手当も令和2年度適用局長通達の金額である72円で据え置いて構いません。)
なお、退職金については令和3年度通達においても水準(6%)に変わりはなく、実務的には影響はないと考えても良いでしょう。